9月15日に亡くなった樹木希林さん。
お通夜は家族で済ませたと聞いていましたが、今日麻布の光林寺にて葬儀がありました。

関係者用と一般用とは別の祭壇ですが、こちらは一般とフアンのための祭壇です。


始まる前に、案内の人の許可を得て撮影させてもらいました。

花祭壇の中に遺影は3枚。
左から順番に、

こちらはモノクロ写真でした。
私には、とても樹木希林さんらしい写真に見えました。

中央に飾られた遺影は穏やかな笑顔。この表情は、娘さんにとてもよく似ていらっしゃいますね。

きっと、ご家族の前ではいつもこういうお顔をを見せていらしたのだろうと、うかがえます。

一番右の写真は、お通夜の時にご遺族が挨拶されたときに胸に抱えていた写真でした。

強いまなざしのカメラ目線ですね。

祭壇(焼香台)の左側に、希林さんによく似た女性が立っていました。 たった一人、背筋を伸ばして。その女性は、お焼香を済ませた一般の人、1人づつに深々と頭を下げていたのです。希林さんに妹さんがいらしたのかどうか私はよく知りませんが、血縁の方かもわかりません。希林さんのご家庭がうかがえます。しばらくして、その女性は係の人に中に誘導され、去っていきました。

「遺影がとても素敵でしたね」と、帰り道に偶々お話しした上品な高齢の女性の方も言っていましたが、その方はどの写真を見てそう思ったのかはわかりません。
でもそれぞれがどれも樹木希林さんらしく、穏やかな中に凛としたところが滲み出ている写真だと私も思いました。

樹木希林さんは、生前に遺影を決めておられた方の一人でした。
娘婿の本木雅弘(当時48才)さんと死後のことを話し合い、遺影は映画『東京タワー』のときのものを使用すると決めていると、2014年1月に週刊誌に掲載されていました。
当時樹木希林さんは70歳。そのとき私もそれを当時のブログで紹介していました。

会場周辺は、たくさんの警備員に囲まれ、報道関係や案内の人のもかなりの数の中で、続々と一般の会葬客も訪れて開始15分前には大きな行列ができて会場は外までいっぱいに。
ご導師様のお経で始まり、その後、橋爪功さんの朗読による是枝監督の弔辞へと移りました。
音声は外にもスピーカーで流れ、一般席にいた私の耳にも入ってきます。
その内容はとても心打たれるものでした。
きっと今日明日にはメディアで報道されることでしょう。多くの人に聞いていただきたいくらいの弔辞です。
……もしも報道されなかったら、いずれこちらで私がご紹介させてもらいます。
その後、安藤ひろこさんの朗読でオノヨーコさんからのメッセージが続きます。

私たち一般のお焼香も始まり、終えるとメッセージカードをいただきました。
それがこちら。

びっくりしました。
この写真にご記憶がある方も多いのではないでしょうか。
2016年1月5日に新聞4紙(全国版)に掲載された宝島社の企業広告の写真です。
その広告のキャッチフレーズが、死ぬときぐらい好きにさせてよ
このキャッチフレーズを、私は今でもよく覚えてます。

当時私は、自分で主催していた継続講座で、この広告について取り上げたことがあります。
それは40代50代の方々を対象にした会員制のエンディングノート講座で、
3月の「生まれるということ。死ぬということ。」というテーマの際に取り上げました。

ちょうど樹木希林さんがNHK「クローズアップ現代」でがんの再治療を告白し、

がんは自分への気づきだから、あんまりすぐに治らないほうがいい
乳がんなども経験し、自分を見つめられた
死に対して謙虚でいたい
ジタバタしてもみっともなくてもなくても、それを子どもに受け継がせる(子どもに死を見せる)

と語っていたからです。
その年はちょうど、デヴィッド・ボウイさんと竹田圭吾さんが同じ日(1月10日)に亡くなった年でありました。
デヴィッド・ボウイさんは集大成のアルバムを発表した2日後に亡くなり、竹田圭吾さんはかなり痩せていらしたけれど亡くなる6日前までラジオ出演されていました。
お二人が「生き切る」ことを世に伝えたと私は強く感じた年だったので、とてもよく覚えています。

死ぬときくらい好きにさせてよ

このキャッチフレーズが希林さん自身の言葉なのか、それとも広告として作られた言葉なのか、私にはわかりません。
でもこの写真をファンへの会葬御礼メッセージカードに選んだというのは、最期まで「凛とした樹木希林さんとして」、希林さんの望み通りに旅立たれた証のように私には思えました。

是枝監督の弔辞のなかにあった「亡くなってから普遍化する」というフレーズが、私の心に残っています。
この世に生きたことで何を残すのか。
希林さんはたくさんの作品も言葉も残し、家族にもいろいろ残し、多くの人にたくさんのことを遺しています。
でも希林さんのように立派な人でなくても、私たち一般庶民であっても、その生きてきた時間の中で関わってきた人々の中に、きっと何かを遺すはず。
そしてそれが普遍化していくに違いないのです。
だから誰だって生きる意味があり、生きること、人と関わることは、この世に遺す「何か」のためなんだろうと思います。

樹木希林さんのような素敵な人がこの世から旅立つことはとてもとても悲しいことではありますが、希林さんがいろいろ教えてくれたことがあったのはたしか。
それを大事にして、私は私の人生を生きていこうと改めて思うのです。