我家の場合、老親二人で暮らしながらも、もはや父の状況は、母にとってはお手上げでした。
母がショートステイで休養している間、自宅で一人でいた父が転倒してしまったことがあります。
母とも妹たちとも相談し、再度父をショートステイに行くように、私が説得することになりました。

私は、父に状況をいろいろ説明し、なんとかショートステイに行ってもらえないだろうか、と話し始めました。
けれども何を言っても父は聞き入れてくれません。

挙げ句の果てには、父は「夫婦の問題に子どもが立ち入るな」と言い出しました。

「今まで60年も夫婦をやってきたんだ。おまえたちにはわからないこともたくさんあるだろう。
これは夫婦の問題だ。
お互いにいたわり合いながらこれまでずっとやってきたのだから。
休みが必要とか、勝手なことを言うな」

それでも私はひたすらショートステイに行ってもらうために、お願い、お願いと繰り返していました。
対する父も、負けてはいません。

頼むから家にいさせてくれ、
自分の家なのになんで家にいてはいけないのか、
忙しいなら来なくてもいいんだ。
万一何かあってもかまわない。それで死んでも後悔はない。

大声を出すでもなく、父も私に懇願します。
ここで引くわけにはいかず、私も父に懇願します。
お互いに「頼む」と言い続け、平行線をたどっていたそのとき、突然、母が父の手を取って言いました。

「そこまで言うなら、わかりました。
私があなたを最期までお世話します。
その代わり、私も年を取ってできないこともたくさんあるのだから、私のことを怒らないでね。
できないことは我慢してね」

父と母は固い握手をして、私は完全い蚊帳の外です。

これには私が驚きました。
ショートステイに行ってもらうように説得してほしいと母も言っていたのに、私はいきなりハシゴを外された格好です。

妹たちにその場で報告するも、姉妹一同唖然。

もう世話はできない、
無理難題を言う、
食事の文句ばかり言う、
一生県警作っても食べてくれない、
怖い、

私たちに父の文句ばかり言っていた母が、ここに来ていきなり翻ったわけで、夫婦というのはほんとにわからないものだと思いました。

正直なところを言えば、時間をやりくりして実家に来て説得するはずだったのに、このちゃぶ台返しは何なのか?!と思う気持ちは山々でしたが、けれども、いくら母が自分でそう言っても、実際に母が父の世話をし続けられるとは、到底思えませんでした。
両親が気が済むまで納得しないと、結局のところは、前に進めないのか。。。

そんなことを考えさせられたエピソードでした。

しかし、それから1週間もしないうちに、父は母にわがままを言うようになり、やがて母は音を上げました。
しかし母は自分がそんなこととを言ってしまったがために、私たちに助けを求めることができないと思い悩んでいたようです。
そんなことは容易に想像できたので、私たち姉妹は次のステップに向けての検討を進めていました。