佐藤初女さんが亡くなったのは2016年2月1日。
もう1年になります。

「日本のマザーテレサ」とも称される佐藤初女さん。

Wikipediaでは「福祉活動家」と書かれていますが、小中学校の教員を経て、自宅を開放した「弘前イスキア」~「森のイスキア」を開設し、すべての人を受け入れて、食事と生活をともにしてきたといいます。
享年94歳。

多くの著書がある初女さんですが、著書に掲載されている優しいお顔に、私は心惹かれていました。
その佐藤初女さんの1周忌を偲び、初女さんを20年間撮り続けてきた写真家、岸圭子さんの個展があると聞いて、
見に行ってきました。

佐藤初女さんは誰にでも優しくて暖かくて・・・
だからお顔も優しくて暖かくて・・・
それが一般的なイメージでしょうし、私もそう感じていたのですが、
改めて写真を見て、それだけではないものを私は感じて帰ってきました。

それは20年間撮り続けてきた岸さんだからこそ、捉えたものだったのかもしれません。

私が感じたのは厳しさでした。
その厳しさは何に対しての厳しいお気持ちかはわかりませんが、私は少し怖いような気持ちになりました。

でも、もしかしたらそれは私自身がいつも頭の片隅で自分の怠け心を感じているせいだったのかもしれません。
日常のいろいろを面倒くさがるようになってきた私。
食べ物を作ることだけでなく、暮らしや生活の中のいろいろなことを面倒くさがって手を抜いていくうちに、
いつしか生きることそのものを惰性にしてはいないか。
初女さんのお顔は、私にそんなことを言っているような気がして、怖くなってしまったのです。

それは私が見ないようにしている、見たくない自分でもあるからでした。

年齢を重ねれば重ねるほど、顔には目鼻立ちだけではないものが少しづつ積みあがっていきます。
それまでに生きてきた積み重ねがそのまま表れてくる、とでも言いましょうか。
個展で飾られていた写真、初女さんの80代の頃のお顔にも、
きっといろいろなことが表われているに違いないのですが、
そこに、私自身が抱えている後ろめたさが合わさって、私は初女さんにお会いしたこともないのに、
きっとそんな厳しさを感じてしまったのだと思います。

一般に、遺影というものはそういう力があると、私は感じています。

故人の顔にはいろいろなものが表れる。
それは、その人の生きざまとでも言いましょうか。
遺影はずっと残るものだから、いろいろなことを語りかけ、教えてくれるように思うのです。
表われる生きざまに大きな意味があるように感じます。
しかも、見る人の心の状態によって、その顔(遺影)が叱咤激励する、と。
もしも近しい人であれば、元気だったころの生き方、言動、言葉が自然に思い出されます。
故人の顔を介して、自分と対話することまでできるように思うのです。

 

佐藤初女さんのところには、苦しみを抱えて全国からいろいろな方が訪ねてきて、
初女さんはその訪ねてきた人に素材から丁寧に食事を作り、ともに食べて、話に耳を傾ける。
どうしてそんなことができるのだろうかと、私はずっと思っていました。
機会があったら一度訪ねてみたい、お話を聞いてみたいとも思っていました。

だけど、もうそれは叶わない。
初女さんがおられる森のイスキアを訪ねることはできないし、初女さんの声を聞くこともできない。

いつかそのうち・・・そんな風に思っていると叶わなくなる。
あたりまえのことを改めて感じます。

 

 

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