年老いた父と年老いた母の二人暮らし
2人で支え合いながら暮らしていながらも、父(89歳)の体がだんだん弱っていくにつれて、
父の行動は母の助けなしでは不安なことが徐々に増えていきました。

たとえば入浴、例えば外出の付き添いなどです。
特に外出は、病院や歯医者さんなどの通院、床屋さん、洋服の購入(試着)などいろいろ。
父は動けないわけではなく、動けるのですが一人では難しいのです。

それにつれて、母は父のために時間をとられることが多くなっていきました。
これによって、母の社会が日に日に小さくなっていったのです。

それまで母はお仲間グループで週に一度、体を動かす会に参加していました。
それは、仲間同士で会場を借りて専門家の知り合いに講師を頼む形の体操教室で、終わってからのランチもお楽しみの一つのようでした。
でも、父のサポートに時間がとられるようになって、母はそのグループをやめてしまいました。

また、母は茶道をやっていました。
自宅に茶室を設け、少ないながらもお弟子さんがいて、定期的に自宅で教えていました。
母自身も、定期的に茶道の先生のもとにお稽古に通っていました。
でも母は、お茶もやめてしまいました。
私たち娘は、それだけは続けたほうがいいと随分話したのですが、
母にとっては、時間をやりくりしながらいろいろやらねばと思うことが苦しくなってしまったようでした。

そうやっていろいろなことをやめてしまった母は、「気が楽になった」と言っていました。
高齢になると、同時並行で何かをすること、ダブルタスクが難しくなっていきます。
母にとっては、茶道の時間や体操をしている時間に、父のことを気にかけること自体が、しんどくてたまらなうなっていったようです。
いろいろなことを同時並行でやることは、きっと母のキャパを超えていたのです。
気晴らしが必要とか、自分の世界を持った方がいいとか、私も周りもいろいろ言うけれど、本人にとってはそれどころじゃないのです。

でも気づくと、母の社会は父を中心にした社会になっていきました。
父の病院、父の歯医者さん、父の床屋さん…、どれも父の関係ばかりで、母の関係はなにもなくなってしまいました。

母の体力もだんだん衰えていきました。
週に一度の体操教室や、立ったり座ったりの茶道は、84歳の母の体力維持に大きな効果を上げていたのかもしれません。

介護をする側にとって辛いことの一つに、社会が小さくなっていくことがあると思います。
最初の頃は「楽になった」といていた母は、数か月という時間の経過とともに、表情が暗くなっていきました。
例えば私が母を外に連れ出したとしても、母は気になって出先でゆっくりしていられない。
妹が自宅で父を看ていたとしても、です。

他のつながりをもつこと、介護一色にならないこと、それは正しいことではあるのですが、
母にとって、それを貫くのは難しいことでした。
でも世界が小さくなった中で暗い表情をしている母を見ると、
やはりどんなに難しくても、母の世界を奪わないためにはいったい何ができたのだろう、と今さらながら考えてしまうのです。