お盆。
地方によって、7月だったり8月だったりするけれど、私にとってのお盆は8月。
お墓まいりに行こう、行かなくちゃ~という気持ちになる。

こんな風に思うのは結婚してからだ。

私の実家のお墓は遠く離れている。
親戚が次々と東京に出てきて、祖父母が亡くなり、両親も親戚も誰も近くに住まなくなってからは、
お墓参りに行く機会はめったになくなった。
だから家族揃ってお墓参りに行くのは何年かに一度の大イベントだった。

一方で嫁ぎ先のお墓は、夫の実家のすぐ近くにあった。
亡き義父が30年ほど前に遠い故郷から移したからだ。
お墓のお引越し~今で言う「改葬」だが、当時はまだそんな言葉もなく、
お寺を説得して車でお骨を運んだ話を、義父から何度か聞いたことがある。

私は結婚して以来、夫の実家に行くと義理の両親とともにしばしばお墓まいりに行くようになった。
当時は会ったことがない人たちが眠るお墓だったけれど、今はそこには
かつて私と共にお墓参りに行っていた義父が眠っている。

義父が亡くなり、四十九日法要を済ませた後にお墓参りに行った時には
私の名前を呼びかけた義父の声がリアルに聞こえたのを今もありありと思い出す。

そのせいか、夫とともにお墓に出向き、お花を備えて手を合わすたびに、
結婚したことでつながった嫁ぎ先との縁のようなものをじわじわと感じるのである。
だからお盆やお彼岸になると、「行かなくちゃ」という気持ちになる。
それはちょっと面倒だけど、おつとめでもあり、習慣のようなものでもある。

今、お骨のおさめ方、お墓のあり方は人それぞれ。
自分らしいお墓を求める人だけでなく、お墓はいらないと言う人もいるし、
お骨の納め方、行き先は実に多様化している。

それはその人の家族関係や社会とのつながり、考え方、価値観などいろんなことが絡み合って
その人にとってのいい形がきっとあるのだろう。
時代が進み、新しい形が次々と出てくる現代。
それぞれにいろんな意味があり、今の時代だからこその数多くのメリットがある。
それでも私にとっては、
自分の実家の遠く離れたお墓も、結婚した夫の実家の義父が眠るお墓も、
どちらも縁を感じる場である。
日頃、日々に忙殺され慌ただしく時を過ごしている私なので、
お盆のこの時期くらいは、大事な場所、時間である。

古さは全然違うけれど、どちらも石でできた和型のお墓で、
その前でそれぞれの縁、つながりを感じるのだ。
子どもがいない私たち夫婦には、これらのお墓の継承者はいない。
今後このお墓はどうなるのか。どうするのか。
考えなくてはいけないことではあるけれど、
今は「つながりを感じる場である」ことをまずは大事にしておきたい。

 

 

 

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